夏の砦/辻邦生

時やはただ女中として私に従ってくれたのではなかった。私が浜で紅色の貝殻を集めているとき、時やは、何を思ったか、不意に立ちどまって、私の顔をじっと見て、「お嬢ちゃま、時やのことを、いつまでも憶えていて下さいます?」と訊いたことがある。「もちろんよ。私、時やが好きだもの。」私がそう言うと、「時やが死んでも憶えていて下さいます?」と訊いた。「もちろんよ。」私は答えた。すると、時やは、「私もお嬢ちゃまのこと忘れませんわ。」と言った。それからまた黙って私たちは貝殻をひろいつづけた。